表紙イラスト 水剣芹哉様/RR25


「それさえもすべて愛しき日々の記憶に」 2008/05/04


「……行方、不明?」
「ああ。並盛町内の子供ばかり、三人立て続けにな」
 嫌な話だ。
 リボーンの言葉に、綱吉は顔を顰める。
「何かあるぞ」
「……それってマフィアの仕業?」
「たぶんな」
「たぶん、って!?そんな無責任な!」
「今調査中だ」

 暗雲はいつだって突然立ち込めるもの。
 ボンゴレ十代目を名乗るべき時期ボスが、極東のこんな小さな町にいることは、ボンゴレの中でもトップシークレット。他のファミリーに決して知れ渡ることのないように守られている秘密だ。
 けれど秘密とは往々にしてその持ち主の弱点となるが故に、ボンゴレと敵対関係にあるファミリー達は、常にボンゴレの秘密を嗅ぎまわり、そうして時々鼻のいい誰かが並盛にいる綱吉とそのファミリーの存在を嗅ぎ付ける。
 それもまた中学の頃から、変わらぬ一つの習慣のようなもの。
 向けられる悪意の手に、綱吉は好むと好まざるとに関らず戦い、勝たねばならないのだから。

「最近、どう?お医者さんの勉強ってやっぱり難しい?」
 中庭。他のベンチとは少し離れたところにあるベンチに、買ってきたパンとジュースのペットボトルを並べて、二人で昼食を食べる。
「そうっスね。やっぱり理屈と実際は違うっていうか。最近、医療班んとこで練習させて貰ってるんですけど、なかなか」
「……医療班?」
「ボンゴレ医療班っス。授業なんかじゃ、弾丸の摘出とかやらねーっスから」
「……たま、……って、銃?」
「はい」
 何だろう、この強烈な違和感。
 綱吉は頭痛を覚える。
 自分と同じように、大学でとりあえず平和な学生生活を送っているように見えた獄寺は、何やら不穏なことをしている、ようで。
「ま、こっちは平和ですからね。弾丸傷ったって、自分のミスで暴発させたようなのしか回ってきませんが」
「……その、怪我した人も、ボンゴレ関係者?」
「もちろん」
 この国に、自分の知らないところでボンゴレの───つまりは自分の関係者というのは、一体どこでどれほど動いているというのだろう。
「……気をつけて下さい、十代目」
 不意に、獄寺が真顔でそう言った。
「不穏な動きが出ています」
「それって……」 
 行方不明の子供がいる、とリボーンが言っていたのを思い出す。
「ここんとこ、アジア圏のルートが騒がしくなってますから」
「……アジア圏の、ルート?」
 ほら、また聞き慣れない言葉。
 大学の、穏やかな木漏れ日の差し込む中庭で、昼食のパンをジュースで流し込みながら話すには、とても不似合いな。
「あ……」
 獄寺はしまった、という顔をした。
「獄寺くん?」
「すみません……十代目に隠し事をするつもりではなかったんですが」
 医学部に入って、ボンゴレ医療班に修行がてら出入りするようになって、どちらかというと今までは表向きの戦闘とそれを支える武器の流通ルートぐらいにしか関心のなかった獄寺は、裏の医療ルートにも興味を覚えた。
 煩がられながらもあれこれ首を突っ込んでいるうちに、面白がった医療班の連中からどうせ十代目の守護者ならいずれあらゆる闇ルートを取り仕切ることになるのだから、とアジア圏の人体売買ルートのうち、特に医療系の臓器売買に限って携わらせて貰えるようになったのが、最近のこと。
「……何、だよ、それ……」
 自分の声が震えているのに気付いても、綱吉にそれを止めることはできなかった。

 午後の授業開始まであと五分になったところで、
 獄寺と別れてからも、気持ちは落ち着かなかった。
 とても呑気に講義を受ける気分ではない。さぼってしまおうかと考えながらも校舎に向ってのろのろ歩き出したところで、見覚えのある人影を見かけて綱吉は足を止めた。
 見覚えのある──決して見忘れたり見間違えたりするはずのない、けれどこんなところで見かけるなんて想定外の人物。
「……やぁ」
 綱吉が気付くとほぼ同時くらいに、こちらに気付いたらしい彼が、僅かに唇の端を持ち上げる。
「雲雀さん……どうして……」
「僕はいつでも好きなところにいるよ」
 いつでも好きな学年と公言し、もしかしてこの人は永遠に中学生のまま並中に存在するのではないかと非現実なことさえ考え、それがあながち否定できなかった人は、けれど確かにある春の日に並中を去り、その居場所を並盛高校に移したかと思いきや、いつの間にか世界中を自由気儘に飛びまわり、気がつけばまた並盛にいるという雲の守護者の性質を体現する生き方をするようになっていた。
 あれほど愛する並盛でさえ結局雲雀恭弥という人を繋ぎとめる鳥籠にはなりえなかったのだと、その後ろ姿を憧憬とある種の切なさをもって綱吉は見やったものだった。
 リボーンのそれを彷彿とさせる真っ黒のスーツに身を包んだ雲雀はひどく大人びて見えたけれど、彼が今存在する場所の意味を考えて綱吉は苦い溜め息をついた。
 綱吉の溜め息の意味を誤解したのか、雲雀が気に入らないという顔で眉を顰める。
「あ、あの、そうじゃなくて……っ!」
「……別になんでもいいけど。早く獲物を炙り出しておいてくれれば」
「獲物…って、雲雀さん!?」
 綱吉が目を白黒させている間に、どこか不吉な雰囲気さえ漂わせた黒い背中が遠ざかる。
 その姿は、昔、ダメツナだった自分には恐怖の対象以外何者でもなかった。
 けれど六道骸という脅威が並盛を襲った時、その存在はひどく頼もしいものとなって、雲雀が一人で敵のアジトに乗り込んで行ったと聞いた時には諸手を挙げて喜んだものだ。
 それから、幾つもの戦いを経て。自分達は少しずつけれど急激に変わっていて。変わらずをえなくて。
 今は、もう。
 好んで戦いに向う彼を、喜んで見送ることなんて、とても出来ないけれど。
 また戦いが起きるのだと、否応なしに思い知らされずにはいられない後ろ姿だった。
 
 
「……っ!?」
 ばん、といきなりテキストを実習机に放り出して、獄寺が立ち上がった。
「あー、どうした?」
 あまりの勢いに壇上で講義していた講師が手を止めて、獄寺に問いかける。
「……悪ぃっ!」
 テキストもノートもそのままに、獄寺はそのまま実習室を走り去った。
 そのまま二段とばしに階段を駆け下りて、実験棟の方向へと全力で向う。
 窓の外から一瞬ちらりと見えた人影は。
 見間違うはず、なんてない。
「……ヒバリっ!」
 最奥の実験棟の入口を今まさに入っていく後ろ姿に力いっぱい呼びかける。
「おい、ヒバリ……っ!」
 聞こえていないのか、と思った瞬間、ゆっくりと人影が振り向く。
 振り返って。獄寺の姿を認めて。
 それから不愉快だと露骨に示すように、顔を顰めるのが遠目にもはっきりと見てとれる。
「……っの、野郎!」
 それはただでさえ短い獄寺の導線に火をつけるのには十分で。
 残る距離を、一気に駆け抜ける。
「てめ…っ!どういう、つもり、で…」
 全力で走ってきたせいで、少々息が上がってしまって、言葉が途切れがちになっては迫力も半減だ。
「何、その恰好」
 ちらり、ともう一度獄寺の上から下まで視線を走らせた雲雀は、冷ややかにそう言い放つ。
 それ。
 つまり、医学部生必携の白衣を指している、らしい。
「似過ぎてる。そう思わない?」
「……うるせぇよ。こっちにだって色々事情はあるんだ」
 獄寺は、不機嫌そうに雲雀から視線を逸らした。
 あの男は関係ない、と言い切れない自分がそこにいた。
 だから白衣なんか着たくなかった、とも正直思う。ただ闇雲にあの男の後を追っていた幼い頃のままに、あの男の真似だとしか見られないのなら。
「つーか、お前、いつここに……」
「今ついたところ」
 無理やり話題を変えたら、案外あっさりと雲雀は応じる。
「言いたいことはそれだけ?」
 じゃあね、と再び背を向けて去っていこうとするその手を、捉えて。
「ちょ、待て…!あと一つ!」
「何?」
「……………」
 勢い込んではみたものの、いざ口に出そうとすれば、それは予想以上に口に出すのも難しく。
「だから、何?」
 獄寺の一瞬の怯みを、見過ごしてくれるほど雲雀は親切ではなく。
 だから、獄寺はそのお手本みたいな形にきっちりと締められたネクタイをすかさず片手で掴んで、もう片手を彼の形よく丸い後頭部へと伸ばした。
 掠めるみたいに、唇が一瞬触れ合う。
「……………おかえりぐらい言わせろ」
 至近距離からその黒い瞳を睨みつけてようやく口にした台詞に返されたのは、無言の、けれど予想外に艶やかな微笑だった。








大学生になったマフィア見習いの、ツナと獄寺が事件に関わっていくうちに
獄寺がその事件に深く関わっていることが分かって、みたいな感じで。



カプ的には獄ヒバなのですが、話の大半は獄+ツナで進むという
なんだかちょっぴり反則っぽいお話ですが
愛は獄ヒバです。