Serenata Extra
万愚節の夜の夢



 だいたい月に一度。定期的に養い子は獄寺の元に戻ってくる。
 ただいまとも言わずに玄関のドアを開け、おかえりと言う間を与えず獄寺をソファに突き飛ばすか壁に押しつけて、上着を剥ぐ。ワイシャツならば、かなりの高確率でボタンを外す間も惜しんで、引きちぎられる。運良く部屋着の襟元が緩いTシャツに着替えていれば、そのまま反対側の首が苦しくなる程度に襟を引っ張られて。
 首筋に、顔を埋める。冷たい唇が触れる感触にざわりと肌が慄き、牙を立てられる瞬間には生物として逃れようのない一瞬の恐怖に背筋が凍る。血が吸われる言いようのない不快感は、一瞬にして身体の芯から支配する快感にとって変わられる。
 二口、三口と彼が血を啜るたび、ぞくぞくと最上級の快楽に腰が震え、後にはなし崩しの情交が待っている。獄寺にとっては下肢に集中する精を解放するため、雲雀にとっては飢餓から解放され一瞬にして有り余るエネルギーを情交へと転化するためだろうか。
 二度ほど雲雀の中に吐き出して、互いに落ち着いたところで、ようやくゆっくりと化rをただ腕の中に抱きしめて、こめかみに口づけ、おかえりと囁くだけの理性と余裕が戻ってくる。
「つか今回早くねーかお前?」
「……」
 都合が悪くなったら黙り込むのは、嘘をつけない雲雀の小さい頃からの癖だ。
「怪我、したのか」
「別に、どうってことない」
「したんだな」
「……」
 吸血鬼である雲雀は、成人となった今は基本的には不老不死だ。
 人間であれば即死のような大怪我を負ったところで、そのうち回復する。ただし回復にはそれなりにエネルギーを費やすらしく、腹を減らせて戻ってくる。
 帰ってくるのは喜ばしいが、雲雀が大怪我を負うほどの危険に晒されていると思い知らされるのは、獄寺にとっては胸が痛むことだ。

「ねぇ、ヨーロッパに行きたくない?」
「は?」
 そんな養い親の心中など気にも留めない雲雀は、満腹になった黒豹みたいにのんびりと腹這いになったまま、唐突にそんなことを言い始める。
「一か月、いや二か月かな」
「雲雀?」
 二か月、という雲雀の言葉に嫌でも察しがつく。
 二か月も戻ってこれない前提で、何をしようというのか。
「お前、何をやっているんだ?」
「君には関係ない」
「来いって言っておいてか?」
「観光でもなんでも好きにしていればいい」
「それで?お前が血を補給しなければいけないほど大怪我負うのに備えて待機してろって?」
「……」
 また沈黙。
 素直すぎるのも考えものだ。
「……二か月かかるだけなら、付き合ってやってもいい」
 結局。
 自分はこの我儘な養い子に甘いのだ、と痛感しながら、獄寺は頷いた。


 海外に出るのは初めてではない。長期に渡ることも、何度かあった。いずれも、綱吉や山本とハンターとしての仕事をしていた時のことだ。
 二か月の滞在となれば色々準備もいる。
 久しぶりに旅行用品の売り場を覗いた獄寺は、けれどそこの棚にずらりと並ぶ携帯用日本食の数々を眺めて、さらに深い溜め息をついた。
 つまるところ自分は、この棚に並ぶレトルトパックと同じ。雲雀の携帯食料でしかないのだ。

 けれど、血を吸われる瞬間の深すぎる快楽を想い、満たされて発情する雲雀の艶やかさを想えば、雲雀が誰か他の人間の血を吸うことなどとても許容できるものではない。
 自分はあの愛しい吸血鬼に心底囚われてしまっているのだと、今更のように苦く甘い認識を深めつつ、獄寺は自虐的な笑みを浮かべつつ、携帯用日本食をごそりと手にとった。

 
 
 

合同誌 真夏の夜の夢に書きました
「美味しいごはんな獄寺と養われっ子で吸血鬼の雲雀さん」
の話の後日談みたいなものです



吸血鬼雲雀さんはその直後に公式で吸血ヒバリンが出てしまったので
正直もういいかなぁと思ってるのですが
実はとても好きなパラレルだったりしたのでした

ハロウィンなのでこっそり復活