「偽装休暇」 2008/12/29
黒いインナーに、白いシャツを重ねて。
普段、きっちりとネクタイを締める反動で、胸元は大きめに開いたもの。
細身のブラックジーンズに、細いシルバーのベルトは二重。
「なんだ、懐かしい格好だな」
最近ではすっかり珍しくなった私服の獄寺に、第一声了平がそう言った。
「懐かしいってなんだよ。気色悪ぃ」
本気で二の腕に鳥肌を立てて、獄寺は了平を睨みつける。
その実際よりも細い印象の手首で、じゃらじゃらとバングルとブレスレットが鳴っている。
「お前はいつもじゃらじゃら付けていただろうが。昔から」
黒いスーツに身を包むようになって、その装飾品の数は限りなく減った。
最近ではその長く形のよい指に強い存在感を放つボンゴレリングと、耳朶を控えめに飾るピアスくらいのものだ。
「……」
肯定をするのも面倒くさくて、獄寺は煙草の煙を吐き出し、了平が小さく顔を顰めるのを横目で確認した。そういえば、出会った頃、煙草は俺の健康を害する!と問答無用で煙草の火を消されたこともあったなぁ、と不意に思い出す。
了平は、このまま歩いてジムにでも出掛けるような、白いTシャツに白いパーカー、スウェットパンツという出で立ちにスポーツバックが一つ。フットワークの軽い彼らしい姿だった。淡い色のサングラスが、微妙にリゾートっぽさを演出している。
ざっとその姿を検分し、上等だ、と上から目線で評価を下す。少なくとも、ボンゴレ十代目の守護者二人には、とても見えまい。
「行くぞ」
乗り込むのは、用意されたのは小型のフィアット。
観光客というには若干無理がある気もしないではない、何かの嫌がらせのように愛らしいカラーリングの小型車だ。
潜入工作をする時のように詳細に偽装身分の設定が決まっているわけでもない。ついでに複雑に身分を設定したところで、笹川了平がその役割設定を忠実に演じられるはずもないという、ボンゴレ共通の認識もある。
休暇中の観光旅行。宿泊用の偽名と偽造パスポート。その程度の設定だ。
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夜の公園。
銀色のトンファーが、街灯に鈍く光る。
その高速の軌跡を、肉眼で追うのは不可能に近い。
吐き出す紫煙。
今日の獄寺は、ただの観戦者だ。
K1もオリンピックも比べ物になんてならない、世界最高峰の異種格闘戦。
二人が腹いっぱい夕食を詰め込んでホテルに戻るのを待ち構えていたように、雲雀が了平の部屋を訪れた。
「お前もくるか?」
獄寺を誘ったのは、了平だ。
「何で俺が……」
眉を顰めて。
それでも、獄寺はジャケット片手に立ち上がった。
了平が丁寧にその手にバンテージを巻くのを、しげしげと見下ろす。
がさつを体現したような存在だと思っていたが、その綺麗な巻き方に意外な一面を見た気になった。
パーカーを脱ぎ捨て、グローブをはめる。
ああ、そうかこれは彼なりの本気なのだ、と。
今更のように気付く。
「行くよ」
こちらは何の準備もなく。
上質な漆黒のスーツも、その形よい喉元を絞めるネクタイさえもそのままに、ただ雲雀が両手にトンファーを構えた。
「……っ」
息を呑む。
駆け引きの欠片ほどもなく真正面から打ち込まれるトンファーは、まっすぐに突き出された拳に弾かれた。
後退する代わりに、そのまま了平の横をすり抜けて、くるりと振り向く。
了平が振り向く前に、もう一撃。
これはステップ一つで軽々とかわされる。
その、余裕に。
雲雀が笑った。
あれは、全力で倒すべき強敵を見つけた時の、歓喜の表情だ。
かっこいい了平兄を書きたい!というのが主題。
目標はB級アクション。
そしたらなぜか、反動で(?)獄ヒバえろ成分が増量気味になりました