グランマニエ




 仄かに漂う甘い香り。
 くん、と小さく鼻を鳴らせば、失礼にも吹き出された。
「何?」
「瓜みてぇ」
 あいつ魚の匂いするとぜってぇ飛んでくるんだぜ。
 むかついたけれど、好奇心が僅かに勝った。
「……何?」
「グランマニエ」
 美味そうだろう?と。
 白くとろりとしたボールの中身に、独特の形をした瓶からとくとくと注がれる酒。
 甘く、爽やかな柑橘の香り。
「うん、美味しそう」
ボールの中の菓子ではなく、瓶の方に視線を向ければ。
「洋酒だぞ?」
お前の嫌いな、と念を押される。
「ん」
少し迷う。

 幼少時のトラウマから異母姉の顔を目にするだけでトンファーの一撃よりも簡単に倒れていた彼は、十数年の歳月を越えて見事そのトラウマの克服に成功した。
 克服ついでに一体何に開眼したのか、異母姉に倣って料理だけならまだしも菓子づくりなどという領域にまでいつの間にか手を出している。
さしずめ草食動物の周りでいつも群れている二人の女子達に無駄に対抗意識でも燃やしているのだろう。実にくだらない。異母姉のように高い殺傷力を持つ武器になるのならまだしも。
 くだらないけれどそれを阻止するいわれは雲雀にはない。
 最初は異母姉のそれのように猛毒性はないものの、人間の食べられるものじゃなかったはずの菓子づくりの腕前はあまつさえめきめきと上達して。
 洋酒は好きじゃない。
 好きじゃない、が。
 これまた無駄に豊かな知識を活用し、洋酒をふんだんに使用した彼の手製の菓子類は、割と好みだった。

 ボールの中のムースはとても美味しそうで、心惹かれる香りだった。
「一口」
 子供みたいに要求すれば、玩具みたいに小さなリキュールグラスに本当に一口注いで差し出された。
 濃厚で甘いオレンジの香り。
 一口、口をつけて。
「苦い」
 と、顰め面。
 香りほどには甘くもなんともない、ただの、強いアルコール。
「当たり前だろ」
 失礼にも呆れた顔で、雲雀を見返す。
 何様のつもりだ、と思うけれど。

「おら、口直し」
 人差し指で、まだ固まっていないムースをひとすくい。
 差し出された指先を、ぱくりと口にして。


 がり、と大きく咬み付いてやった。














SNSより再録



これも一日一獄ヒバ

あをさんと土筆さんが
バニラエッセンス舐めたら苦かったと
微笑ましい思い出話をしてらしたのが元ネタです

お二人に献上した作品