獄誕! 09


「獄寺君、あのさ、今日、帰りにうち寄れるかな?」
 2時間目が終わったところで、十代目こと沢田綱吉がおずおずと話しかけてきた。
「もちろんです、十代目!」
 十代目のお言葉とあれば即答がデフォルト。
 いちおうその日の予定なんて後から検索はしてみたものの、もちろん何も予定なんて出てくるはずがなかった。

「ただいま〜」
 綱吉がいつもどおり玄関を開ける。
「さ、入って」
「はいっ、お邪魔します!」
 いつもどおりに、玄関を入ったところで。
 パン!と弾けるクラッカー。
 顔面を直撃する紙テープ。
「……っ!」
 咄嗟に声を失って。
「お誕生日おめでとう、獄寺君」
 見上げた隣の、綱吉の笑顔が、眩しかった。

 ママンお手製の、テーブルから溢れんばかりのご馳走と大きなバースデイケーキ。
 たっぷり塗られた生クリームに、苺。マスカット。
「マスカット!ランボさん、マスカットのところ〜!」
「ランボ、ダメ!今日は、獄寺さんのお誕生日アル!」
 いつもどおりに賑やかにはしゃぎまわる子供達。
「お誕生日おめでとう隼人」
「……っ!
「ビアンキ!」
 ゴーグル着用のおかげで即気絶は免れたものの、異母姉の掲げ持つそれはもう背筋の凍るような色合いのデコレーションケーキは、獄寺のみならず一同の顔から血の気をうせさせるのに十分だったりした。

 ビアンキのケーキからなら誰も止めなかったであろうけれど、ママンのケーキからマスカットをつまみ食いしようとしたランボにリボーンが容赦ない蹴りを一つ。
 ぐぴゃああと泣いたランボが十年バズーカを取り出すのもお約束なら、撃ちだされたバズーカの弾がとんでもない方向に逸れるのもお約束。

「……うわ……っ!」
 目の前が薄桃色の煙に包まれて、覚えのある感覚。
「……くそっ、ランボの野郎……」
「ワオ」
「……あ?」
 十年の時間を跳び越えた眩暈を堪えつつ、諸悪の根源に毒づけば、耳元で囁くのはさっきまでそこにいるはずのなかった人物の。
「ヒバリっ!?」
 反射的に飛び退るのは、生存本能。
「よくよけたね」
 懐かしい、という言葉を十年未来の人間に使うことが妥当とは思わないけれど。
 かつて、ほんのひととき未来で合間見えたことのある、大人の雲雀だ。
 見覚えのある黒い着物。白い裸足。
「……っ」
 改めて今置かれている状況を認識しようと周囲をぐるりと見渡して。
 血の気が引いて、また上がった。

 広い部屋だった。
 天井が高い、とまず思った。
 日本ではない、と。
 
 壁際には、アンティークの大きめなライティングデスク。
 すわり心地のよさそうな、シックなソファに、寄木細工のコーヒーテーブル。

 そして。
 今、自分達が座っている、キングサイズのベッド。


「……15?」
 僅か首を傾げて雲雀が呟くように問うた。
「ぁあ?」
「?ちょうど十年前からじゃない?」
「え……」
 9年と10ヶ月。
 それは、あの戦いの鍵だった。
「……何月何日なんだ?今は」
 警戒も顕わに、獄寺が問えば。
 何故か、にやっと不吉な笑みを浮かべて。
「9月9日だよ、獄寺隼人」
 十年後の雲雀はそう曰った。


 不意に伸ばされる、細く長い、大人の指。
「……っ」
 反射的に全身の筋肉は緊張したが、殺気は感じられなかったので、身動きは耐えた。
 するり、指先が頬を撫でる。
「?」
 と、思った次の瞬間には、急接近していた顔に避けることはおろか、目を逸らすことさえもできなかった。
 口元に触れる、柔らかな感覚。
「な……っ、ば、てっ」
 何しやがる。馬鹿。てめぇ。
 たった、それだけの単語が口に出せないくらい。
「お祝い?」
 何故疑問形、とつっこむ余力もなく。
「……」
「せっかくだから、代わりに祝ってあげるよ、15歳」
 何故か。
 ひどく艶やかに、笑われて。
 心臓が、跳ねた。


 此処は何処か、とか。
 何故雲雀が此処に、十年後の自分の前にいるのか、とか。
 しかもその十年後の雲雀は、今日が自分の誕生日だということを分かっているらしいこと、とか。
 訊きたいことはいっぱいあって。
 けれど一番訊きたいことは、絶対訊きたくないことでもあって。

「お祝いをあげようか?」
 大人になった雲雀が、また嫣然と笑う。
「何が欲しい?獄寺隼人」
 獄寺の知る16歳の雲雀恭弥なら、絶対に浮かべない表情で。

 だから。
 ぐいと顔をあげて。
「いらねぇ」
 きっぱり拒絶した。
「欲しいものは、あいつから貰う」

 獄寺の宣告に、雲雀は一瞬きょとんとした顔をした。
 獄寺の知る彼に、よく似た表情だった。

「生意気」
 また、何の前触れもなく伸ばされる腕。
 今度こそ殴られるかと思ったが、その手はふわり、頭の上に置かれた。
「……」
「……へぇ」
 くしゃり、髪をかき乱されて。
 何かを得心したように、一人で勝手に頷いて。
 
 何かを言おうとしたその瞬間、目の前には再び薄桃色の煙。

「獄寺君!?」
「十代目!?」
 気付けば、そこは元の沢田家で。
「こら、ランボ!」
 ぐぴ、と半泣きの子供がその腕の中に抱えられている。
「ほら、ちゃんと獄寺君に謝る!」
 年長者の顔で、綱吉がランボを叱る。
「ラ、ランボさん悪くないもんね!」
「ランボ!」
「……いいっスよ、十代目」
 いつもなら、ふざけやがってこの牛ガキが!と殴りつけるところだけど。
 今回、だけは。
「誕生日祝いってことにしといてやります」
「……」
「十代目?」
「あ、いや、……誕生日、だからかな。獄寺君、なんか大人っぽくなったみたいだなって」
 どこか照れくさそうに綱吉が笑い。
「え?いやぁ、まぁ、それほどでも」
 綱吉の言葉に、獄寺はでれっと笑み崩れた。


 そうして。
 再び賑やかに幸福な誕生祝いは、続くけれど。
 そこに、雲雀恭弥は、いない。


 待っていろ、と。
 心の中で、誓う。

 必ず。
 お前から、貰ってやる。
 

 十年未来から貰いそこなった、今日の祝いを。

 

 
P.S.

 くしゃり。
 髪を掴まれた。

「ヒバリ?」
「あっちのがよかった」
「……あのー、ヒバリさん?」

 恋人の。
 不可解な言動には、慣れている。
 不足する言語を読み取り補うことにも。

「髪?十年前の、俺の?」
「うん」
「違うか?」
「そうだね」
 愉しいことを見つけたように、小さく雲雀が笑う。

「君は?」
「ん?ああ、十年前の十代目にお会いした」
「嬉しそうだね」
 十年後の獄寺に戸惑いながらも、お誕生日おめでとうございます、とまっすぐに自分を見上げて言ってくれた言葉が、愛しい。

「お前からは?」
「何?」
「言うこと、あるだろうが」

 笑って。
 ねだる。
 それくらいには、自分達は、器用になれた。

「そうだね」

 重なる、唇。
 音には、出さないで。

 唇と舌で、綴られたのは、おめでとうの言葉だ。


















SNSより再録




SNS版獄誕SS