ベスターと黒猫




 時折、ザンザスは己の匣兵器であるベスターを匣に戻さず放置しておくことがある。
 むろん、ボンゴレ嵐の守護者の匣兵器のように主の言うことにまったく従わないから、という理由では断じてない。
 どちらかといえば、ただの気紛れだ。

 だが、たまたまザンザスのそんな気紛れが起きた時と、神出鬼没なボンゴレの雲の守護者の来訪が重なってしまったりすると。
 いつからか、珍妙な光景を目にすることになった。

「おい、カス」
 ベスター太く逞しい4本の脚の間にすっぽり納まって、最も柔らかく長い毛並みをした腹を枕に、少し丸くなって眠る、この上なく傍若無人な黒猫が一匹。
 名を、雲雀恭弥という。
「……うるさい。僕は眠いんだ」
 寝起きでぐずる幼児のように、どこか舌足らずな口調でそう返したきり、もぞと身体を動かして、ぴったりと体のおさまる姿勢を探して、また寝息を立て始める。
 ぽふ、とかいう間の抜けた擬音が背後に書かれていそうな、毛並みへの埋もれ方だった。
「ならさっさとてめぇの塒に帰りやがれ」
「………この子の毛並みが一番気持ちいい」
 一体何と比べてやがる、とか。
 匣兵器を毛並みで語るな!とか。
 そんなまるで常識人のようなつっこみを己がいれる羽目になるのも癪で、ザンザスはただでさえ凶悪といわれる目つきをさらに鋭くして、寝そべる雲雀を見下ろしたが、むろん雲雀がそれぐらいで動じるはずはなかった。
「てめぇんとこにも似たようなのがいるだろうが」
 ボンゴレ嵐の守護者の匣兵器、嵐豹−パンテーラ・テンペスタ。
「……この子より毛足が短い」
「知るか」
「いつもは仔猫だし」
「……」
「……持ち主の匂いがするから、眠れない」
「かっ消えろ」
 思わず、懐の銃に手をかければ。
 その気配に反応して、雲雀はうっすらと目を開いた。
 少し眠そうな目で、けれど嬉しそうに応じる。
「……やるかい?」
 まだベスターの脚の間にしどけなく寝そべったまま、そんな台詞をはかれても、怒る気力さえ殺がれて、頭が痛い。
「失せろ」
 その言葉に、のっそりと立ち上がったのはそれまで大人しく枕になっていたベスターの方だった。
「………」
 雲雀を振り落としてしまわないよう、ゆっくりと立ち上がると、ぐい、と首を傾けて背中に乗るように促す。
「……あぁ、……」
 いらない、と雲雀が首を振れば、のそりのそりとゆっくりとザンザスに背を向けて歩き出す。
 もはやザンザスには目もくれず、雲雀もまたベスターと共に去っていった。
「……ドカスが」
 呟きは、けれどたいした意味を持たず。


 たぶん今頃、どこかの涼しい木陰に、二頭の大型猫が、昼寝場所を見いだしているのだろう。

 










SNSより再録



これでも獄ヒバだと主張してみます