初勝利




 成長期が一番早かったのは、山本武だった。
 中学生にして70センチ後半だった彼は、日々の野球と剣の修行によりすくすくめきめきと身体を鍛えて、高校に入学後はそのまま順調に伸び続ける身長に体格が追いつかない感じだったけれど、エースピッチャーとして最後の甲子園のマウンドに上がる頃には、チームメイトからも頭一つ抜けた感じで、プロの選手に混じっても遜色のない大人の体を手に入れていた。
 雲雀は、高校に入ると同時に急に背が伸びた。
 中学在学中は僅かだった身長さがぐんと開き、あからさまに上から見下ろされ続けるその一年は獄寺にとって屈辱の記憶だ。
 一番、成長期が遅れたのが獄寺だった。(結局最後まで成長期らしい成長期が訪れないまま、それでもなんとなく背が伸びて終わった綱吉のため、成長期という単語はボンゴレにおいてある種の禁句だ。)たぶん、恐らくは家出少年時代の生活が災いしたのだろう。高校1年も終わりの頃になって、変化は急激に訪れた。
 成長痛に声を殺して眠れる夜を過ごして、まずはめきめきと身長が伸びた。雲雀の背を追い抜いたのは、たぶん高校2年も終わりかけの頃だ。逆転した視線の位置に、おそろしく嫌な顔をされたのは、よく覚えている。ただでさえ一人暮らしの不摂生による栄養不足で痩せ気味だったせいか、筋肉が追いつくのに、少しかかった。
 長い手足を持て余すようだった身体は、けれどただ一途に戦うために特化して形づくられていって。
 何かと不安定だったその動きが、いつしか自分のものになって。





「暇つぶしだ。付き合えよ」
「いいよ、そんなに咬み殺されたい?」
 手合わせに誘えば、雲雀はたいてい簡単に頷いた。
「少しは楽しませてくれるんだろうね」
「おぅ、任せろ」
 ボム片手に威勢よく請け負えば、あっさり鼻で嗤われたけれど。

 とん、とスニーカーの底が地面を蹴る。
 まずは、ボクシング馬鹿を真似て、右ストレート。
「……」
 余裕で交わす背中で弾けるボムに、一瞬彼の注意が逸れたところで、脚の長さを生かした回し蹴り一つ。
「……っ」
 予想の範囲とはいえ軽く避けられて、脚を下ろしたタイミングで、反撃のトンファー。唸る風音。ほんの僅かでも触れれば、その衝撃で皮膚が削れるほどの。

「果てろ!」
 放たれたボムは四方から雲雀を包むように散開して、ぎりぎりトンファーの届かない位置で次々と爆発する。
「……、っ!」
 アッパー。クリティカルヒットではないものの、確かに当たった、と思った時には、胸にトンファーをくらって、転倒していた。
「……、まだまだ」
 笑って、立ち上がる。
 身体が軽い。もっと速く動ける。そう、確信していた。


「へぇ、しぶといじゃない」
 開始15分。
 互いに、とっくに無傷じゃ済まなくなっている。
 だが、勝敗を決めるほどに決定的な一撃を互いに繰り出せないでいた。
「……このっ、いい加減に……っ」
「それはこっちの台詞だ」
 先ほど壁に叩きつけられた背中がじんと痛む。
 それでも、負ける気はしなかった。

「……くらえっ」
 残り少なくなったボムをもう一度。
「同じだ!」
 落とせるだけ叩き落す。届かない分は無視して、爆風に姿勢を崩されないように構える。
 それが雲雀のリズムだ。
「もらった!」 
 不発弾。
 わざと、爆発しないボムを使った。
 ほんの一瞬、彼が爆発を待って構えるその、受身に回る瞬間を狙って。
「……っ」
 とん、と鈍い音。
 背中が壁に叩きつけられて、雲雀の動きが止まった。
「!」
 トンファーを握るその両手を包み込むように、けれど確固たる力で拘束する獄寺の両手。
 一瞬雲雀は、信じられないという表情をした。
 彼が雲雀の手を、その動きを捉えることなど獄寺に出来た試しなどなかったのだ。
 振りほどこうと、雲雀の手に力が籠められる。
 だが、獄寺は動かなかった。
「くっ」
 振り払おうと水平方向にかかる負荷。シャツの下で、上腕三頭筋がうねる。
 ぎりぎりと腕が軋む。
 相手の腕も、同じように限界まで力を振り絞っていることなら分かっていた。
 
 細い、と形容して差し支えないその手首にくいこむ、長い五本の指。押さえ込む広い掌。その掌を振り払われまいと、上腕と肩で固定する。上半身を支えるのは、僅か一ミリたりとも後退を許さず、ぴたり床に根を下ろしたように動かぬ足。スプリングの利いた、強靭な足首。上半身と下半身を繋ぐ腹筋。びくともしない姿勢を維持するのは背筋。
 これまで使い方を知らなかったのだといわんばかりに、覚醒した身体が全身で雲雀を押さえ込む。
 じりじりとせめぎあいながら、一歩、踏みこんだ。
 顔が近付く。
 睨み上げる瞳の黒の、その躍るような色に、さらなる歓喜を覚えた。
 初めて。対等に、戦えているのだと知った。
 肘関節が曲がった分、上腕にかかる負荷はさらに増したはずだ。
 肘の角度が、深くなる。悲鳴を上げる筋肉。
 きりきりと軋む関節。

 今にも重なり合わんばかりに、接近する身体。
 あと一歩、と踏み込んで。
 不可抗力のように、唇が触れた。



 押さえ込む手を振り払わんとするその手に籠められた力はそのままに、舌を覗かせた雲雀が、ちろりと獄寺の下唇を舐める。
 あやうく反応しそうになるのを、必死に踏みとどまって、押さえ込む腕に意識を集中させる。
 まだだ。
 まだ雲雀は、トンファーを手放してはいない。
 ただ、反撃のチャンスを狙っているだけだ。

 執拗に唇をなぞる舌先のなまめかしさとは裏腹に、手首にかかる圧力はどんどん強くなっている。
 手首の関節が、悲鳴を上げている。
 あと少し、この攻防を続ければ、本気で過負荷に耐えられなくなった関節が砕けるのではないか、と案じたところで。


 カラン。
 派手な音を立てて、トンファーが転がった。

「………っ」
 一瞬、そちらへと気を取られた隙に、ぐいと顎を上げた雲雀が強く舌を押し付けてくる。
 反射的に口を開けば、侵す勢いで入り込んでくる熱い舌が、舌の奥まで絡み付いてくる。
 負けじと自分からも舌を差し出し、深く、より深くへと絡み合い、愛撫しあう。
 
 どれほどそうして口づけていたのか。
 どちらからともなく唇が離れるのと同時に、ゆっくりと獄寺はその手の拘束を解いた。
 
 押し付けられたその姿勢のままに留まっていた腕が、やがてゆるやかに伸ばされて。
 抱き寄せられるまま、もう一度、口付けた。






 第2ラウンドは、もう始まっている。







SNSより再録




某様のページであしあと180を踏んだ逆リクエストで
「トンファーごと手を包んで壁におしつけちゃう獄寺的10年後」
というお題をいただきました

浮かんだのがこれだったので
19〜20才で、許してもらいました