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 イタリアのチョコレートは甘すぎるから嫌い。だから選ぶなら、ベルギーかフランスのショコラティエ。
 逆バレンタインも少しは定着してきたけれど、さすがに女性に溢れるデパートの特設会場に足を踏み入れられるほど無謀ではない。
 普段はどちらかといえばひっそりとしているホテルのショッピングモールのショコラティエの支店も、2月13日の今日は大勢の客でにぎわっているけれど、それでも入れないというほどではなかったことに少しだけほっとした。


 量産品とは明らかに仕立ての違う黒いスーツに身を包んだ銀髪長身の男に、店内の女性達の視線が集まる。モデルか俳優のように華やかな容姿と、それを裏切る怜悧な気配。
 危険を回避しようという本能だろうか。ショーケースの前に陣取っていた数名が、無意識に数歩退いて、彼に場所を譲った。
 ごく鈍い、あるいは無頓着な数名は、あるいはその瞳がごく稀な銀を帯びた翡翠の色をしていることに気付いたかも知れない。
 いずれにしても2月13日のチョコレートショップに賑わいには、あまりにも不釣合いな男だった。

 ああ脅してしまったか、と心の中でひっそり反省する。
 一昔前には誰彼構わず威嚇しまくった爆弾少年も、十年の時を経てそれなりに周囲を省みるようになって、その頃には威嚇するまでもなく脅えられる存在にはなっていた。
 とはいえ、元来堪え性は低いのだ。その想い人ほど極端ではないにしても女達の群れに囲まれて愛想よくできるほど、その性分が変わったわけでもない。
 さっさと買い物を済ませて離脱するに限ると、ショーケースに目を走らせた。
 ビターオレンジ。プラリネ。シャンパントリュフ。バニラ。スパイス。アールグレイ。
 褐色の宝石と讃えられるチョコレートを、迷うことなく1ダース選び出す。
 わざわざラッピングなどと指定しなくても、シンプルだが美しい黒い小箱に金色のリボンがかけられるのは基本仕様だ。

 あれは逆チョコ?それとも?と。
 その一挙一動を声もなく見送った女達の囁きが、しばらく店内にさざめいた。






 がちゃりと僅かに重い金属音を響かせて、鍵が開く。
 ドアを開けて中へと足を踏み入れて、そこでいつだって獄寺は一瞬、動きを止める。
 無造作に見えて人一倍己のテリトリーを気にする獄寺は、他人の領域にも本当は敏感だ。あえて踏み込むことには、長けているけれど。
 声をかけるべきか、と一瞬口を開きかけて、やめる。
 こんばんは?お邪魔します?そのどちらも似つかわしくない。
 自分は、客人であるよりは不法侵入者である方が似合っているのだ。
 もちろん手の中の合鍵は、眉間の中心を狙って直々に彼に投げつけられたものだ。いちおう侵入の許可は得ている。
 他人の存在を仮定もしない真っ暗な廊下に、リビングの灯りが細く漏れている。
「よぉ」
 リビングのドアをあえてバタンと音を立てて開くと同時に声をかける。
「何しにきたの?」
 誰?とは問われない。
 自分以外にここに来る者はいないし、鍵を開けた時点、いやたぶん部屋の外に立った時にはもう気付かれてるはずだ。
「土産だ」
 ソファに浅く腰をかけた部屋の主に、黒い紙の小箱をふわりできるだけゆるい放物線で放り投げる。
 たぶん雨の守護者が全力投球でストライクを取りにいく時の球速とコースで投げたところで受け止めるであろう雲雀が、それを難なく受け止める。
「……」
 無言で、黒い箱に視線を落とす。
 わざわざ時計になんて目をやらなくたって、日付の変わってることなら、とっくに分かっているだろう。
 無言のままリボンを解き、蓋を開ける。迷うことなく摘んだのは、プラリネショコラ。
 好きなものを決して後回しにしないのはある種の潔さだと、彼を見ていると時々そう思う。
「ヒバリ」
 チョコレートにだいぶ遅れて、彼の傍らに辿りついて。
 無言で交わすくちづけはチョコレートの香り。

 バレンタインデーなど自分達には関係ないという意地と態度を、互いに貫きながら。
 気付けば、欠かしたことのない、年中行事 

 世間の波に流される程度には、まだまだ自分達も甘いと自覚はあるけれど。
 甘い誘惑に抗うことは、戦闘よりもずっと難しい。























バレンタイン・version09

10年後獄寺さんはそれなりに落ち着いて
それなりに雲雀さんへの愛を垂れ流すのに
臆面なくなっててもいいなぁと思います


一見大人テイスト、でも実のところ
単にバレンタインを無視できない二人で