前夜




「あの、さ。獄寺くん、山本」
 終業式の日、綱吉がおずおずと二人に話かけた。
「今日、これからって何か予定ある?」
「いーや、別に」
「ありません!万一あったとしても十代目のご用事とあらば!」
「あー、うんその、用事ってほどじゃないんだけど、母さんがクリスマスパーティするから皆を呼んできてね、って」
 そう言って、ちらり後ろを振り返る。
 綱吉の後方では、笹川京子と黒川花が何やら楽しげに話をしている。
「笹川達も?」
「う、うん…まぁ」
 でも俺から誘うなんて…とおろおろしている綱吉は、微笑ましい。
「おーい、笹川、黒川!」
「…っ!」
「山本!?」
 出遅れた、と思った。
「これからさ、ツナちでクリスマスパーティやるんだって。お前らも来るか?ツナんちのチビ達と仲良かっただろ?」
「ほんと?私も行っていいの?」
「ガキは嫌いよ」
 楽しそう、と輝くような笑顔を浮かべる笹川と、顰め面の黒川。
 対照的な女達だと思う。


 決して広いとはいえない綱吉の部屋にいつもの顔ぶれ。
 2Lのペットボトルのジュースにウーロン茶。銀紙に包まれた、シャンメリーの瓶。
 骨の部分に銀紙の巻かれた骨付きフライドチキンに、ママンこと沢田奈々お手製のクリスマスケーキ。
 大きめの丸いスポンジ台に生クリームを塗って、サンタの蝋燭と小さなビスケットの家を飾った素朴なデコレーションケーキには愛情が溢れている。
「「「「メリークリスマス!」」」」
 弾けるクラッカー。舞い散る紙テープ。
 一人300円という中学生価格な値段制限のついたプレゼント交換会では、ジングルベルの歌に合わせて、回されていく小さな包み達の行方をさりげなく目で追った。
 何もかも、それは獄寺の知らない、日本のクリスマスの情景だった。

 山中に建つ城は、ナターレの頃には雪に閉ざされた。
 早朝の礼拝堂は、いつにも増して冷えて、まるで凍えるようだった。
 形式だけ踏襲するように大広間に聳え立つ樅の木の根元に並べられた豪華な贈り物の数々に、心躍ったことなどなかった。
 元来きわめえて家庭的な行事であるクリスマス──イタリアではナターレと呼ぶ──は、家を飛び出してからは、まったく自分には関係のないものだと切り捨てて。
 ────それでも。
 憧れなかったわけでは、なかったのだ。
 
 冬の夜は、早い。昼食からママンのごちそうを食べ続けて、騒いで笑って、途中で現れたビアンキに激しい腹痛とともに倒れて、すべてがおひらきになった午後六時にはもう深夜のように外は真っ暗だった。
 商店街には、まだまだたくさんの人通りがある。これからパーティーを開いて騒ぐのであろう、高校生や大学生達。フライドチキンチェーンのマークの入ったビニール袋と、ケーキの箱を両手にぶら下げて家路を急ぐサラリーマン。
 どの顔もクリスマスという特別な日への期待に高揚し、幸福そうだった。
 そして、その人とおりの中を歩く自分も、幸福だと思った。
 それは十代目、沢田綱吉のおかげだ。

 今はまだ早いから姿を見ないけれど、これから夜も更けていけば酔っ払いだの素行の悪い連中なども増えて、彼の愛する並盛の風紀も大いに乱れるに違いない。
 彼。雲雀恭弥。
 綱吉が自分に与えてくれたようなクリスマスの幸福には、一番無縁そうな存在。
 礼拝堂の荘厳さも、パーティの賑やかさも、彼には似合わない。
 いつの間にか、自分の心と生活の一部に根をおろしているその存在を、想う。

「…くそっ」
 たった今まで、綱吉の笑顔とママンのご馳走に、あれほど満たされていたというのに。
 気づいてしまえば、足りないと意のままにならぬ自分の心が訴える。
 まぎれもなく、今の自分は幸福だ。
 十代目のおそばにいられればいい。おそばにいて、たとえ僅かでも力になれればいい。
 そう思っていたのに。
 
 小さく、唇を噛んで。
 睨みつけるように見据えた先には、ケーキ屋。
 ハルと京子のお気に入りの店も今日は一年で一番混み合う日なのだろう、街頭に出された机に積み上げられたケーキの箱を、赤い三角帽子をかぶった店員が手際よく売りさばいている。
 お腹なんて、いっぱいで。
 ケーキなんて苦手で。
 それでも。途切れることない列に並んで。
 一番小さいデコレーションケーキを買い求めて。

 夜の並盛を、歩く。
 街灯。誰かの家の庭先でイルミネーションが輝く。
 夜の闇に、吐く息はただ白く。
 この夜を徘徊しているであろう、姿を求めて。
「……」
 馬鹿だ、と思う。
 あのまままっすぐに家に帰っていれば、ただ十代目の笑顔の記憶に穏やかな幸せだけを抱いて、聖夜を眠れたというのに。

 どさり、人の倒れる重く鈍い音。
 足元に転がる4、5人あまりは、高校生くらいであろうか。
 中身を零して転がっているビールの缶だの潰れたタバコの箱などから、この寒空の中公園にたむろしていた素行の悪い一団が、雲雀に狩られたところだろう。

「やぁ」
 まだ構えたままのトンファーに、舌なめずりをせんばかりの獰猛な笑顔。
 もう一匹獲物を見つけた、と。
 無条件に獄寺を咬み殺そうとするのを、必死に止める。
「おい、待てっ!……待てって言ってんだろうが!?」
「僕に何の用?」
 冷やかに睥睨する黒い瞳に一歩も怯むまい、と挑戦的に顔をあげて。
「ケーキ」
 ずい、と彼の眼前に突き出すビニール袋。
「?」
「ケーキ、買ったから。……食うの、手伝え」
「ナミモリーヌのケーキだね」
 じっとパッケージを見つめて、ぽつりと雲雀が言う。
「いいよ」
「あ?」
「食べてあげてもいいって言ってるんだよ」
 ふ、と雲雀が笑った。

 殺風景な、獄寺の部屋で、黙ってケーキを食べる。
 不揃いの皿の一枚はケーキには大きすぎて不自然で、一枚は小さすぎて皿からケーキがはみ出している。
 他に何もないに等しい台所にはひどく不似合いなエスプレッソマシンで入れたコーヒーを、雲雀は一口飲んで苦くて飲めたものじゃないと評し、コンビニまで牛乳を買いに走らされた。
 
 それでも。
 夜更けの部屋で。
 二人きり、黙々とケーキを食べる。
 そんなことが。

 息苦しくて。
 全然、楽しくなんてなくて。

 やるせなくて。
 胸が苦しくて。

 それが、恋だと。
 まだ、認めることなんてできなかった。
 
 

 14歳の、クリスマスイブ。
 


 恋の、前夜。
 




















突発性クリスマスSS

リアルなクリスマスは割とどうでもよくなってるかわりに
はやとのクリスマスを妄想してるオタク末期症状で