それは、覚えのある感覚だった。

 ふと呼ばれたような気がして、窓の下へと目線を落とせば、見覚えのある下級生がこちらを睨みつけていた。
 また君か。
 ヒバリは呆れたように小さく息を吐いた。

 彼を見ているとなにかを思い出すものがある。
 何だったっけ?
 その丸く形のよい頭を僅かに傾かせ、ヒバリは珍しく自らの記憶へとしばしその想いをたゆたわせた。



 にゃあ、と小さな声が聞こえた。
 振り向けば銀灰色した毛並みの猫が数歩離れた後ろにいた。
「また君かい?」
 それはもうすっかり馴染みの姿だった。
 少し前から雲雀の近辺に頻繁に姿を見せてはまるで呼びかけるみたいに鳴くくせに、決してそれ以上近付くことも近付かせることもない仔猫だった。最初は庇護を求めて媚びを売っているのかと正直疎ましく思った。消えうせろ、とまだ小さな手にトンファーを握って軽く殴りかかろうとすれば、トンファーの先端が小さな身体に届く前にひらりと身をかわして数歩逃げて、そこで振り返ってにゃあと鳴いた。そのまるで余裕あるような様子が気に入らなかったので、さらに踏み込んでもういちどトンファーを振り上げれば、またひらりと逃げる。その、繰り返し。
「もういいよ。僕、君と鬼ごっこをしたいわけじゃないから」
 大の大人を叩きのめすのは好きだったけれど、小さな仔猫相手に追いかけっこをすることに、すぐに雲雀は飽きた。
 逆に気まぐれに、餌をやろうとしてみたこともある。けれど仔猫はただ雲雀を見て声をあげるばかりで、その手に乗せられた餌に誘われるそぶりなどついに見せず。
 結局、いつしか雲雀はその仔猫に構うことなく、ただそこにいることに慣れて。

 そうして、ふと気付いた時にはもう、仔猫はどこにもいなくなっていた。





 ああそうか、あの時の子猫か。
 この手で簡単に握り潰せそうな小動物のくせに、媚びることも恐れることもなく、雲雀にその存在を主張して。

 気付いた瞬間、雲雀はひらりと窓枠を飛び越えていた。
 難なく中庭に着地して、そこから彼の立つところまでは一瞬だ。
 不意に目の前に立った雲雀に、獄寺が明らかに動揺する。
「ねぇ」
 そうして。
 あの小さな仔猫には届かなかったトンファーと質問を、彼に突きつける。
「ねぇ、君、一体何がしたいの?」



 二人の距離は、あと少し。