ピアス 獄寺隼人の左の耳に最初のピアスホールが開けられたのは彼が敬愛してやまない十代目こと沢田綱吉と共に並盛高校に進学して間もなくのことだった。 並盛高校の校則にピアスに関する規定はなく、女生徒を中心にピアスをつけているものも少なくはなかった。ひと足早く並盛高校に入っていた雲雀は獄寺の左の耳朶に鈍く光るシルバーにあからさまに眉をひそめたものの、黙って目を背け、一戦あるかとひそかに覚悟していた獄寺は少しだけ拍子抜けしたものだった。 高校入学三日目から、獄寺隼人の耳はピアスに飾られるようになった。 並中の頃ならともかく校則違反ではないというのも雲雀がそれを看過した一因ではあったが、銀のシンプルなピアスは彼の実は華やかな容姿にあっていて、無駄に幾つもその指につけているごつくて趣味の悪い指輪なんかよりずっと不快ではなかったというのが一番の理由だった。 気に入らないとすればあの形のよい耳に知らない間に傷をつけられていたというところだろうか。 あの白く柔らかそうな耳朶を、鋭い針で貫くのはどんな心地なのだろうと少しだけ想像して、雲雀は考えることをやめた。 とっかえひっかえきらきらと愛らしいチャームを飾る少女達とは違って、彼の耳朶にはやや幅のある金属が嵌められているばかりで、それ以後特にこれといった変化はなかった。 彼の誕生日を覚えていたのも、夏祭りの露天商が広げていたアクセサリーに目を留めたのも、偶然なんかじゃないと分かっていた。 知らない間に嵌められていたものなんかじゃなくて、まるで彼の一部であるかのようにそこに存在し続ける小さな飾りを、自分には選ぶ権利があると思っていた。 それを渡すべきタイミングがあるということも。 わざわざ彼のために買ったわけではない、ということも雲雀にとっては楽なことだった。 別に金を払うことをけちるつもりなどなかったが、露天商は雲雀が屋台の前に立ち止ると、土下座せんばかりにぺこぺこと頭を下げ、どれでもお好きなものをお持ち下さい、と申し出たのだ。活動費は例年どおり納めてもらうよ、と雲雀は告げて、もちろんです、と露天商はまた頭を下げて、5万円の入った封筒を差し出した。 ならば、問題はないだろう、と雲雀は黒い布の上に並べられていたピアスの中から、今彼がしているものよりも少し幅が広くて、うるさくない程度に模様の刻まれたものを選んで持ち去った。 夏休みが終わって新学期に入って、一週間。 まだまだ日差しは暑くて、生徒達の休み気分も抜けきらない、そんなどちらかといえば雲雀にとっては苛々させられるような頃に、彼の誕生日はあった。 「あげるよ」 綺麗な包装紙もリボンもいらない。 剥き出しのままのピアスを彼の掌に落とせば、獄寺は一瞬その煙るような灰緑色の瞳を大きく瞠いて、それからどんな顔をしたらいいか困っているかのように僅か視線を彷徨わせ、それから、おう、とぶっきらぼうに応じて、片手で礼を示し、ピアスの乗せられた方の手をぎゅっと握りしめた。 あんな風に握ったら痛くはないのだろうか、と一瞬だけ思って。 それから、まるで握りつぶされたのは自分の心臓の一部であったかのような、小さな痛みにも似た動揺を感じて、雲雀は獄寺から目を逸らした。 その翌朝、いつものように草食動物達と群れて登校してきた獄寺隼人の耳には、雲雀の渡したピアスが当然のように収まり、なんとはなしに溜飲の下がった気がした雲雀はしばらく獄寺のピアスのことを忘れた。 雲雀が獄寺のピアスのことを思い出したのは、ほとんど一年を過ぎてからのことだった。 そういえば彼が、雲雀の与えたピアス以外をしている姿を見たことがない、と気付いたのだ。 あげたものを馬鹿正直にずっとしていたからといって怒る理由にはならないはずだが、気付いてしまった事実は雲雀をなんとなく落ち着かなくさせた。 だから、去年と同じ日付に、同じことをした。 それは4月になれば新年度が始まり、9月1日には二学期が始まるのと同じ、ただの決まりごとのようなものだと思えばよいことだった。 「はい」 だから、去年と同じように剥き出しのピアスを、去年と同じように獄寺の掌に落とした。 「おぅ。……ありがとよ」 きゅ、と握られる掌。 ただの、何一つ心を波立てることなどない、繰り返し。 その翌日から、獄寺隼人の左耳には二つのピアスが飾られるようになった。 一つ目のピアスは耳朶の下の方にあったけれど、一つ目のそれより幾分細い二つ目のピアスは耳の中程に飾られて、彼をひどく大人びて見せた。 それは雲雀の予定になかったことで、怒りとも失望とも違う、なんとも不安定な気持ちの悪さを雲雀に残した。 だから、雲雀は三年目のその日を、指折り数えて待った。 分からないことは、嫌い。 自分の意のままにならないことは、もっと嫌いだ。 獄寺隼人という不確定要素は、いつだって雲雀の平穏を掻き乱す。 去年、おととしのその日と同じように、剥き出しのピアスを渡し、彼がそっけなく受け取る予定調和。 おかしいところなどどこにもない。 翌朝には、獄寺の左耳には三つ目のピアス穴が開けられている。 それは、予測しうる未来だった、のに。 何故か。 雲雀は、キレた。 「一体何を考えているんだ、君は!」 突きつけられるトンファー。 「そいつはこっちの台詞だ!何だってんだよ、てめぇは!」 慣れたもので、殴りつけられる寸前のところでトンファーを握る手を受け止め、ぎりぎりと拮抗する力と力の腕比べを続けながら、二人睨み合う。 「毎年毎年!そんなに痛い目を見たいなら、僕が見せてあげるよ!」 ああ、そうだ。 こんな風に。 自分の見ていないところで、彼の白い耳に鋭く太い針が刺され、貫き、消えない傷を残していくのが、忌々しかったのだ。 その不快を埋めるために、自分の選んだピアスをつけさせた。 なのに、これでは本末転倒だ。 「ちょ…っ、待てって…!」 押さえる手を振り切って、トンファーを頭上高くかざす。 「だって、仕方ねぇだろが!」 「何が?」 言いたいことがあるなら聞いてあげようじゃないか、と雲雀は地獄の大王よりも凶悪な笑みで、獄寺に先を促す。 「……っ、外したく、ねぇんだよっ」 「?」 「お前が、くれたんだろうが!」 くそー、いわせんじゃねぇよ、と赤くなって喚き散らす獄寺を、雲雀は呆気にとられたように見つめた。 「何、それ」 「あぁ!?…外したくねぇし、全部つけてたいなら、新しい穴増やすっきゃねぇだろうが!」 「僕があげたから?」 「他に理由がいるのかよ!?」 「………もういい」 君と話していると、こっちまでおかしくなる、と雲雀は大きく深く溜め息をついた。 「て、まぁそういう顛末だったんスよ」 まったくあの野郎、ワケ分かんないっスよね。 そう言って、獄寺は話を締め。 訊かなきゃよかった、と綱吉は深く深く後悔した。 朝一番に雲雀に襲われた獄寺が三時限目の授業が終わったところで戻ってきた時、大丈夫なの?と綱吉が訊いたのは、半ば形式的な友人に対する気遣いで、別に詳しい顛末を知りたかったわけじゃない。 まして、獄寺が文字通り肌身離さずつけてるピアスが薄々は気付いていたとおりにあの雲雀恭弥からの誕生日プレゼントだなんて、今さら確認させないで欲しい。友達の恋バナなんてものは冷やかしているうちが花で、本気でのろけられたらちょっとばかり殺意なんてものまで湧きそうなものなのだから。 つまりそれって、雲雀さん、獄寺君が肌身離さずプレゼントをつけてたりするから、照れただけじゃないの、なんて。 腹が立つから、教えてはやらないのだ。 絶対に。 |
08はやたん ピアス話には少しだけ元ネタがあります 「鋼の錬○術師」のREDという限定冊子のマンガです はやとはヒロインポジションです |