CAUTION
以下の作品には、キャラの女装が含まれます
(女体化ではありません)
苦手な方は閲覧をご遠慮下さいませ
大丈夫、むしろ好物という方はスクロールでお進みくださいませ
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春の宴 いつものように、十代目を家までお送りしての帰り道、ぶらぶらと公園の横を歩いていた獄寺の耳が、バイクのエンジン音を捕らえた。 聞き覚えがある、と思ったと同時に角を曲がって近付いてきたバイクには、さらに見慣れたシルエット。 靡く学ラン。袖には、風紀の腕章。 いやいや無視だ。無視。 そう己に言い聞かせた獄寺の努力もつかの間、水の泡。 「やぁ」 ぴたり、と獄寺の真横で最凶風紀委員長殿はバイクを止めた。 「何の用だ」 獄寺は、宿敵に出会ったかのように睨みつけるように雲雀を睨みつける。 彼に関ると、ろくなことはない。 何度なく惨敗を喫していることもそうだが、何が厄介って。 会ってしまえば、顔を見てしまえば。 やっぱり俺こいつ好きだなぁ、なんてひそかに思ってしまっている自分がいることだ。 雲雀は、値踏みするような視線で獄寺を頭のてっぺんから爪先までしげしげと眺めると、おもむろに言った。 「いいところで会った。家においでよ」 「はぁ?」 何言ってんだ、こいつは? と獄寺は思いきり不審なものを見る目で雲雀を見やった。 十代目にあがっていきなよ、と誘われたり、野球馬鹿に寿司食ってかねぇかと声をかけられるのとは、違う。 「来るの?来ないの?」 「……仕方ねぇ、お前がどうしても来て欲しいっていうなら行ってやらぁ」 「どうしてもなんて言ってないけど」 「うっせぇ、連れてくならさっさと連れてけ!」 半ば自棄のようにそう喚く獄寺の手を不意に掴んで、バイクの後部座席へと引き寄せる。 その容赦ない勢いに一瞬バランスを崩しつつも、獄寺がひらりと跨るのを見届けもせず、急発進がかけられて。 「……てめ…っ」 振り落とされないために獄寺が取れる唯一の自衛手段は、目の前の細腰にしがみつくことぐらいしかなくて。 ぎゅうっとしがみついたことに、他意なんてない。 絶対に。 「おかえりなさいませ」 上品な物腰の女性が、深く頭を下げる。 雲雀がバイクを停めたのは、綺麗に剪定された生垣の続く広い屋敷の前だった。 からりと鳴る引き戸。細く続く黒い敷石。広い前庭。 それは、絵に描いたような日本家屋だった。 大きさだけなら遠い昔に飛び出してきた実家の城の方がきっと大きいけれど、屋敷の凛とした佇まいには、自然と獄寺の背を伸ばさせる何かがあった。 門の傍にバイクを置いて、すたすたと進んでいく背中を追いかける。 母屋をぐるりと回って、雲雀は縁側から離れへと入った。 「君も着替えて」 「あ?」 ようやく振り返った雲雀の、けれど何の前フリもない台詞に、獄寺は反応し損なう。 「今用意するから、そこにいて」 上がった部屋に獄寺一人を残して、雲雀は襖の向こうに消えた。 「何だってんだ、一体」 訳が分からない、と獄寺は顔を顰め、手持ち無沙汰のままポケットからいつもの癖で煙草を取り出して口にくわえようとしたところで、はたと気付く。 ここは雲雀の家だ。 校内でないとはいえ、未成年の喫煙が認められるとは思いがたい。 「ちぇ…」 取り出した煙草は、結局火を点けることもないまま、箱に戻された。 ほどなく雲雀は戻ってきた。 両腕に何やら薄い紙包みだの風呂敷包みだのを捧げるように持っている。 「はい」 紙包みが獄寺の前に置かれる。 「何だ、これ?」 「振袖」 「は?ふりそで?」 「その様子じゃ、一人で着るのは無理そうだね」 小さく溜め息を一つ吐き出して、雲雀は縁側へと進み出る。 哲、と声を張り上げることもなく名を呼べば、 「はい、委員長」 と、見覚えのあるリーゼント頭が雲雀の足元へと進み出てきた。 お前はニンジャか!と獄寺は思った。 「彼に、着付てあげて。僕は隣で着替えるから」 「畏まりました」 「おい、待て!」 年齢不詳なリーゼント頭と二人残されそうになって獄寺は慌てて雲雀を呼び止める。 「さっさと着替えなよ」 振り向いた瞳が殺気を帯びていて、獄寺は一瞬気圧され。 その一瞬の間に獄寺の鼻先でぴしゃりと襖が閉められて、代わりに草壁の手が獄寺の襟元に伸ばされる。 「……うわっ」 「どうぞ、お召しかえを」 脱がされかけたのだと察してざぁぁっと跳び退る。 「……」 獄寺の引き攣った顔に何かを察してくれたようで、雲雀の置いていった紙包みの前に跪くと上品な紅の布地を広げて差し出した。 「まずは制服を脱いで、こちらに袖を通してください。後の着付けはお手伝いしますので」 そう言い残して草壁はすっと縁側に戻り、障子を閉めた。 何だか一応気を遣われている、気はする。 残された獄寺はやむなく、ものすごく気乗りしないまでもその紅の布地──獄寺は知らないが、正絹の長襦袢だ───に袖を通す。 浴衣くらいは夏祭りで見たし、これだけならバスローブと大差ない構造だ。 「おい、これでいいのかよ」 障子の向こうに控えているであろう副委員長に声をかければ、失礼いたします、という几帳面なことわりと共に再び障子を開けて部屋に入ってくる。 「少し直しますので、そのまま真っ直ぐ立っていて下さい」 「ああ」 襟、肩、袖口と位置を正され、置いていった布包みの中から取り出した白地に赤い花の散る柔らかな紐で胸を縛られる。 「きつくありませんか?」 「あ、あぁ…」 きっちりとゆるみなく、けれどきつすぎない絶妙の締め加減だった。 「では、こちらを」 次の紙包みから広げられた布地に、さしもの獄寺も小さく目を瞠った。 幼少時、城で一流の芸術品に囲まれて育った獄寺は、そこらの鑑定家よりはよほど確かな審美眼を有している。その獄寺の目から見て、それは見事な着物だった。深い緑の着物の裾には豪華な刺繍で華がふんだんにあしらわれている。 何がなんだか分からぬままに何となく毒気も抜かれて、文句を言うことも忘れ、指示されるまま袖を通す。 先と同じように襟、肩、袖、裾と位置を正され、腰、胸と紐で締められる。そのまったく無駄のない手際は、どちらかといえば敵のような立場の相手とはいえ賞賛に値するものだった。 「帯を」 襖の向こうから、雲雀の声がした。 失礼いたします、そのままお待ちを、と獄寺に一礼し、草壁が襖の向こうに消える。 (何だ?) 状況の分からない獄寺がうっかり耳を澄ませば、しゅっと衣擦れの音に続いて。 『……んっ』 (な、な…っ!) 聞いてはいけない、悩ましげな声を聴いてしまった、ような気がする。 続いてまた衣擦れの音。 一体何を、と意味もなく心臓をどきどきさせていたら、また前触れもなく襖が開いて草壁が戻ってきた。 「え、あ……」 「お待たせいたしました」 むろん、草壁の表情は変わらない。今までその存在すら意識したこともなかったが、そういえばこの副委員長は、いつも変わらない顔をしていた気がする。 銀糸で織られた帯が腰に巻かれ、ぐいっと締め付けられる。 「うわ…っ」 その予想以上の圧力に、思わず声を上げる。 「苦しいですか?」 それは単なる質問というか確認だったが、この程度で苦しいと弱音を吐くのかと言われているように勝手に曲解した獄寺は、むろん 「全然平気に決まってんだろうが」 と意地をはり、さらにきつく締められる結果となった。 帯の上に何やらひらひらした布を挟んだり、細くてしっかりした紐を結わえられたりしているところで、隣室への襖が開いた。 「ヒバ……リ…?」 てっきり雲雀が戻ってきたのかと思って呼びかけた獄寺の言葉は途中で立ち消えた。 そこには裾に向って色味の濃くなる、淡い桃色の生地に桜の花の流れる振袖を纏った、まるで日本画の中から抜け出したような美少女が立っていた。真っ黒な瞳が、まっすぐに獄寺を見つめている。 艶やかな黒髪には、清楚な花飾り。 姉へのトラウマかおよそ女子に興味のない獄寺だったが、この時は素直に可愛いと思った。 「ワオ、似合うじゃない」 淡い色の唇が笑みをかたちづくると共に、聞きなれた台詞が耳に飛び込んでくる。 「……え?」 「何?」 「……ヒバ、リ?」 「当たり前だろう」 いや全然当たり前じゃないだろう何なんだその恰好はと突っ込みたいところはありすぎたけれど、その破壊力抜群の晴れ姿に獄寺はただ声を失ったまま金魚のように口をぱくぱくさせて。 「髪はあげた方がいいね」 そう呟く雲雀の手に髪を梳かれた頃になって、ようやく獄寺は今現在自分が仕上げられつつ姿も、目の前の雲雀と同様なのだという事実に遅ればせながら気付いた。 果てろ!と屋敷ごとぶっ飛ばしたい衝動に一瞬駆られたけれど、制服も煙草もとっくに手の届かない部屋の隅へと片付けられ、振袖姿に着替えさせられるついでに武装解除されていたのだと今更ながらに気付くあたり、完全にマフィア失格だった。 「で?何なんだよ、この悪趣味な仮装は?」 「今日は雛祭りだから。似合っていると思うよ」 「は?」 ひなまつり。 それは聞いたことがある。ちょっと前に。 「雛祭りって確か…」 「3月3日にするところが多いけれど、うちは旧暦でするから今日なんだ」 こっち、と母屋への渡り廊下を雲雀に手を引かれて歩いていく。 慣れない足袋に慣れない着物で上手く歩けなくて、二、三歩目で転びかけたのを見咎められて以後、手を離して貰えていない。 「うわ…」 通されたお座敷には、見事な七段飾りの雛人形が飾られていた。 雛壇のふもとにはこちらも敷かれた緋毛氈の上に、いくつもの人形が並べられている。 人形になんて興味のない獄寺だけれど、やっぱりこれがすごいものだということは、なんとなく分かる。 が。 やっぱりこの仮装とは繋がらない。 「なんでその恰好なんだ?」 自分が着せられたのはまあ嫌がらせでもなんでも説明はつくが、雲雀がおよそ普段の彼からは想像できないものを自ら進んで着ているらしいのはどうにも理解できない。 「ああ、そういえば君外国の生まれだっけ。雛祭りは女の子の成長を願う行事だから、この日は男の子も女の子のふりをして、皆振袖を着るものなんだよ」 至極、真面目な顔で雲雀は説明する。 常識程度には日本文化にも通じている獄寺だったが、さすがに細かい日本の伝統文化伝統行事にまで精通しているわけではない。雲雀の説明にそういうものなのか、とうっかり納得してしまった。 「で、お前はこの雛祭りとやらが好きなわけだ」 「嫌いだよ」 よく分からないが、好きだから巻き添えにされたのかと言ってみれば、あっさりと否定される。 「へ?」 「人形だからって群れすぎ」 「あー…」 腹立たしげに雛段を見遣る雲雀の視線を追って、ずらり並べられた人形を見た獄寺は、思わずその台詞に納得した。 ぽり、ぽり、と雛あられを齧る小さな音だけが、夕陽に染まる縁側に小さく響く。 甘酒。雛あられ。 見たことのない菓子はどれも優しい味で、なんとなく胸の奥が痛くなるのは、帯で締め付けられているせいだと獄寺は思った。 何で自分は雲雀と二人して、ありえないような恰好をして、会話もないまま縁側で菓子を食べているのだろう、と思うのはもう止めた。 獄寺の傍ら、ぴんと背筋の伸びた綺麗な姿勢でたまに雛あられに手を伸ばす以外は、行儀よく座ったままの雲雀は、どこかさっき座敷で見た人形達のようで、けれどあの人形達のどれよりも綺麗で。そう、見ている分にはものすごく綺麗で。可愛くて。 ふとその視線が、自分に向けられていることに気付いたのは、たぶんきっと偶然ではなかった。 雲雀の白い頬が夕陽に赤く染まっている。 手を伸ばせば、届く距離だった。 色々考えることを止めていたせいで、伸ばした右手はあっさりとその頬に触れて。 まるで吸い寄せられたように、雲雀の上体が獄寺の方に傾く。 自然とその肩を支えるように左手が伸びて。細い肩を抱いて。 雲雀の手が獄寺の胸元に添えられて。 そうして。 気付いた時には、唇が重なっていた───。 「おやすみ」 静かな、感情の読めない声に送られて門をくぐる。 あれから何ごともなかったかのように、運ばれてきたちらし寿司のお膳を食べた。 その前からそうであったままに、互いに無言で、交わされたくちづけの意味も理由も、互いに問うことはなかった。 けれど。 空には三日月。 どこからともなく花の香りが漂い、不意の風がどこからともなく一片の花びらを運んでいく。 春。四月。 そんな風に、春の宴は終わり。 春の嵐が、胸に沸き起こっていた。 |
illustration / T様 |
おまけ・ いつものように、三人で食べる昼食。 昼休みの屋上。 「十代目も、雛祭りにあれ着てたんスか?」 「え?」 「えーと、何でしたっけ、振袖?」 十代目は、ものすごくかっこよくて、とてもお可愛らしい。十代目なら、さぞあのような衣装も似合うだろう、と獄寺は問いかけた。 「振袖って、やだなぁ、獄寺くん、あれは女の子の着物だよ」 十代目こと沢田綱吉は、くすっと苦笑して、獄寺の誤解を訂正した。 「あ、はい。ですから、雛祭りは、男子も女子のふりをして過ごすのだと……」 「へ?何それ?」 当然のことながら綱吉はきょとんとした顔をする。 「何?もしかしてイタリアには、そんな風に伝わっているのか?」 「あぁ?てめぇには話してねぇんだよ、野球バカ」 口を挟んでくる山本には、不機嫌な顔で応じるものの、どうも十代目と山本の間には、共通理解が成立しているらしい。 「あ、そうか。獄寺君、日本の習慣とか、あまり知らないよね」 山本の言葉に頷いた綱吉は、獄寺の言うとおり雛祭りは女の子のための行事であるが、そのために男の子が女の子の恰好をするというのは聞いたことがない、と説明してくれる。 「そんなの、誰に聞いたの?やっぱり、イタリアで?」 「え?……まぁ、そんなもん、スかねぇ…」 いや並盛でです。ヒバリの野郎からです。 などと、本当のことは。 とても、言えなかった。 まして、既に振袖を着ました、なんてことは口が裂けても。絶対に。 たとえ、騙されたのだとしても。 あれは、柔らかな春の幻。 それで、いい。 |
ちなみに、獄寺が雲雀に騙されたわけではなくて 雛祭りに振袖を着るのは雲雀家のマイルールです 素直で世間知らずの雲雀は 家族ルールを日本の普遍的作法だと信じてます 3/3にお着物獄ヒバ萌え〜とTさんに訴えてみたところ ありがたくもご賛同いただいた上に Tさんが絵を描いて下さるなら文章にします、と 等価交換にならないことをねだってみたところ こんな素敵な艶やかな二人を描いて下さいました 海老で鯛を釣るという諺はありますが ミジンコで鯨を釣った感じでしょうか? グッジョブ自分!! |