花の下



「……ちっ」
 煙草の買い置きが切れているのに気付いて舌打ち一つ。
 仕方がないので、コンビニまで行ってくるか、と獄寺は面倒くさそうに立ち上がった。
 
 ふわり、視界を白いものが過ぎる。
 それが舞い散る桜の花びらだと認識するのに、一拍遅れる。
 どこから風に舞ってきたのか。
 ぐるりと無意識に辺りを見回して、少し先の家の庭先に、街灯に仄かに白く輝くような桜の木を見つける。
 日本人という人種は、本当に桜が好きらしい。
 わざわざ名所と言われるところまで足を伸ばさなくても、家の庭先に、校庭に、公園にと町の至るところで、この木を見かける。
 そうして、盛りを過ぎたこの時期にもなれば、どこにいたってひらひらと風に舞う小さな花びらが視界のどこかを過ぎるのだ。

 もうすぐ、花の季節は終わる。
 その角を右に曲がればそこがコンビニだというのに、獄寺の足は何故か角を素通りしてまっすぐ進んでしまう。
 まっすぐ進んで二つ先を左に曲がれば、並盛公園だ。
 
 二日前には夜更けまでビニールシートを敷いた一団が飲み食いしていたものだが、早咲きの木ならすっかり葉桜へとその姿を変えた今夜は、さすがに静かなものだった。
 春の突風が、何の前触れもなく枝を揺らし、パーカーの裾をはためかせる。
 はらはらと、一斉に花が降り、風に舞う。


 その、夢幻めいた光景に、一瞬目を奪われ。
 そうして、花吹雪の向こうに、見知った姿を見つけた。

 まだまだ盛りの花の下に、座り込む黒い制服姿。
「………お前、なぁ」
 深くこぼした、溜め息一つ。
「何?」
「何、じゃねぇよ。まさか毎晩来てるのか?」
「まさか」
 ヒバリは、不快そうに眉を顰める。
「……あの薬って、どれくらいもつんだ?」
「さぁ」
「さぁ…って、てめぇ自分のことだろうが」
「知らないもんは知らない」
 桜に囲まれた時だけ全身の力が抜けるという症状は、確かに花の下から離れれば解消されてしまうものだけに、いつまで持続しているのかヒバリ自身にも正確に把握はできないのかも知れない。
「少なくとも、今はもう効いてないんだろうが」
「……」
 獄寺の問いをヒバリは沈黙で肯定した。
 桜が花開いて間もなく、獄寺はシャマルから薬を渡された。その時確かに一錠は服用したものの、残るタブレットを持ち帰ることはヒバリが拒否したので、今も残りは獄寺のパーカーのポケットに入ったままだ。
「……飲めよ」
「……」
 また沈黙。
 依怙地なのはお互い様とはいえ、弱っているヒバリを見ているのは獄寺の方が落ち着かない。
 こんな風に見下ろすことも。
「その身体じゃ俺のボムだって避けられないだろうが」
「試してみるかい?」
 きらり、とヒバリの瞳が夜の闇に光る。挑発に乗りやすいのも、お互い様。
「そんな状態のてめぇ倒したところで嬉しくもなんともないんだよ」
 だから。
 ポケットから手探りで取り出したタブレット一錠。
 口に放り込むと同時に、ヒバリの前に膝をついて、その身体を引き寄せると同時に唇を重ねる。
「……っ」
 舌先で唇を開き、薄く開いた歯を抉じ開け、舌を相手の口内へと捻じ込んで。
 絡めた舌。奪う息。
 溢れる唾液に、先ほど口に入れておいたタブレットを乗せて押し込んでやれば、諦めたように、こくんと嚥下するのを見届ける。
 力なく投げ出されていた四肢に、ゆっくりと力が戻ってくるのを気配で感じる。
 シャマルの薬は、即効性だ。
 桜の花よりも白く見えた顔色も少しよくなってきたかと覗き込んだ瞬間、掛けられた足払いによろめきながらもかろうじて地面に倒れ伏すのは防いだ。
 ふん、とあからさまに不満そうな様子をヒバリが見せる。
「てめぇ、いきなり何しやがるっ」
「それはこっちの台詞だよ。こんな状態じゃなきゃキスの一つもできないくせに生意気なんだよ」
「……っ」
 痛いところを突かれて、一瞬獄寺は言葉に詰まる。
 キスだけなら、もう数えられないくらい交わしたけれど、今のように獄寺から強引に仕掛けることに成功したことなんて、たぶんほとんどない。
 風が、枝を鳴らす。
 はらはらと、花びらが舞い落ちる。
 襟元を掴まえられ引き寄せられて、奪い返される口付け。

 抱け、と。
 声には出さず、唇がかたちづくった命令という懇願。



 桜の下には、死体。薔薇の下なら、情事。
 花の下には、いつだって秘密が隠されている。











今日近所の公園に行ったら、綺麗に花が散っていたので
お約束すぎますが、サクラクラなヒバリさんで獄ヒバを一つ


毎年、お花見をしたらその年の桜をSSに落すというのが
ひそかな自己課題だったりするので
今年も達成できて満足です