ハートを 召しませ 「……何で、てめぇがここにいんだよ」 「ここも並盛町だよ」 それは雲雀がこの町の何処にでも出没することの免罪符にはなっても、彼が今日この日に、ここ、獄寺の一人暮らしのマンションのリビングがまるで並中の応接室になったかのような様子で寛いでいることの理由にはなっていない。 無論、無断侵入だ。 出て行け、と怒鳴りつける権利を獄寺は有しているはずだったけれど、それが実行可能でもないのが、14歳なりの人生というものだ。 「お腹空いた」 ぽつりと、雲雀が呟く。 それは本当に独り言のようで、まるで獄寺に聞かせるつもりなんてないままに、雲雀の本心がぽろりと零れだしたような、これまで聞いたことのない口調だった。 それがあからさまな作れという命令だったなら、てめぇ何様のつもりだと即ダイナマイトを取り出していただろう。 なのに、こんな時に限ってそうでないから。 「……なんか、食うか」 雲雀の方なんて、見ないで。 冷蔵庫を開けたのは、自分が冷たい飲み物が欲しかったら。 その、ついでのように。 言ってみた、だけで。 「うん」 頷かれる、なんて。 畜生。 獄寺は、空っぽのキャビネットに向って無言で毒づく。 何だって今日に限って、パンもパスタも切らしているんだろう、と。 一人暮らし歴の長い14歳の少年に、バランスのとれた自炊の習慣はなくても、最小限飢え死にしないだけの食糧を自力調達するスキルはある。 その体内を流れる血の四分の三はイタリア人で、生粋のイタリア育ちである獄寺にとって、コンビニ弁当やおにぎりは便利ではあっても、ひそかに主食はパスタだったりするせいで、何がなくてもとりあえず乾燥パスタとオリーブオイルくらいはあるものなのだ。 それなのに、今日に限って、パスタが切れている。 いや全くないというわけではない。 ない、が。 他人に──まして、雲雀恭弥にこれを調理して出すのはどうだろうと思えるようなものが、一つ。 1月終わりの日曜日。 ツナと山本が参考書を買いに行くと相談していたところに、たまたま通りがかった京子が自分も今度ハルと一緒に買いに行こうと思っていたのだと話しかけ、せっかくだから皆で一緒に買いに行こう、という話になった。 もちろん獄寺は力いっぱい、お供します、と主張した。 目当ての参考書を買った後で、それを見つけたのはハルだった。 「ツナさん!見て下さい、これ!プリティーです!」 手のひらには少し余るほどの透明な袋にぎっしりと詰まったハートの形。 パスタなのだと女子二名がはしゃいだ様子で説明する。 「へぇー、おもしれぇの。食えるのか?」 「パスタだもん、もちろん食べられるよ」 んなパスタ見たことねーよ、とツナの後ろで、獄寺はまったく無関心だったのだが。 「はい、獄寺君」 何故か。 手渡された小さな紙袋。 笹川京子の真意は、謎のままだ。 これが見知らぬ他の女の子からの贈り物なら、帰り道に通りすがりのゴミ箱にでも捨ててこれたものを、なんとなく捨て損なって、さりとて自分でハートのパスタを茹でて食べるほど背筋の寒い光景もなかったので、放置されていた代物だ。 ……仕方ねぇ。 獄寺隼人。自称、十代目の右腕として、腹を括るのは早かった。 パスタを茹でる。 本当はこの手のショートパスタには、ソースの方が合うのだが、贅沢は言えない。言わせない。 かろうじてある食材というか調味料のオリーブオイルをたっぷり。 スライスガーリックもたっぷり。 唐辛子と一緒に炒めて、和えて、出来上がり。 「ほらよ」 ローテーブルの上に、とんと置けば。 わずかに雲雀が目を瞠るのが分かった。 てめぇ、つっこむんじゃねぇぞ。 無言で睨みつけるが、もちろん効果なんてない。 「何これ」 「……ペペロンチーノ」 黙々と、ハートのパスタが雲雀の口に消えていく。 それをちらりちらりと盗み見ながら、獄寺も黙々と自分の分のパスタを片付けていく。 いつも雲雀を覆っている殺気と言うか闘気のようなものも今は消えて、無表情それさえも無心に食べることに熱中しているゆえだと知っている。 中学生男子に似つかわしい食欲で、皿いっぱいのパスタは、二人の腹へと消えて。 「ごちそうさま」 雲雀がそのトンファーを持たない両の手を合わせる仕草がひどく綺麗で、うっかり見蕩れた。 今日が2月14日だなんてことも。 その日が日本では何の祭日かなんてことも、獄寺の知ったこっちゃない。 たまたま。 そう、たまたま腹を空かせていた気まぐれな猫に、餌をやっただけのことだ。 |
全国大会で配布しましたバレンタイン無料本より再録です ハートのパスタは実在します 男の子だろうと料理苦手だろうと 日本人がお茶漬け作るくらいの感じで イタリア人ならペペロンチーノくらい 作れるといいなぁ、と |