espresso 彼が、外国人であることを意識することは、ほとんどなかった。 どこからどう見ても日本人ではありえない容姿にも関らず、流暢な日本語と違和感のない行動。 「不自由じゃないの?」 日本の、並盛で過ごすことに、何一つ違和感を抱いていないようで。 だから、ふと、そう尋ねてみたのだ。 「うーん、特に、困ることはない、と思う、けど」 ヘンなところが律儀な雲雀の自称家庭教師は、生徒の質問に精一杯誠実に答えようと、首を捻って考えこみ、それから、ああ、と何かに閃いたようだった。 「コーヒーが飲めない」 「?」 彼の言うことが全く分からなかったので、雲雀は軽く首を傾げて、分からないということを伝えた。 コーヒーなんて、この町のどこでだって売っているのに、と。 「ああ、うん、日本のコーヒーは売ってるんだけど、エスプレッソじゃない」 日本で一般的なのはドリップ式だが、イタリアではコーヒーの淹れ方が違う、と言うのはなんとなく雲雀でも知っていた。 が、そのエスプレッソだって、どこの喫茶店でも出てくるというほどのことはないとしても、全くどこにもないということはないのではないか、と思う。 そんな雲雀の表情と考えを読んで、ディーノが付け加える。 「日本にもエスプレッソって言って出す店は色々あるけど。あれは違うんだ」 ディーノのこだわりは、むろん、雲雀にはまったく共感できない。 だから、必然的に、なに訳の分からないことを言ってるんだろうこの人は、という表情になる。 その表情をまた誤解して、ディーノが慌てたように付け加える。 別に雲雀は日本のコーヒーを貶されたと思ったわけでも何でもなかったのだけれど。 「あ、あれが不味いっていうんじゃないぞ?あれはあれで日本のエスプレッソなんだけど……違うんだ。あれは、イタリアのエスプレッソじゃない」 どう違うんだろう、という雲雀の声に出さない疑問に答えるように、ディーノがにっこり笑って言った。 「今度、恭弥にイタリアのエスプレッソをご馳走するよ」 次に彼が来日した時、彼は雲雀と交わした約束をちゃんと覚えていて、雲雀を宿泊先のホテルに招いた。 イタリアからわざわざエスプレッソマシンとコーヒー豆持参で来日したらしい。 広いリビングで、いつも彼の傍にいる髭と眼鏡の部下が手慣れた様子でマシンを操作するのを、見るともなしに見る。 ふわり漂ってくる香り。 未だ中学生の雲雀にそもそもコーヒーはあまり口にする機会のない飲み物だったし、彼ははっきりと緑茶を嗜好していたけれど、それが美味しそうな香りだということは分かった。 「どうぞ」 差し出されるのは、まるでままごとみたいな小さなカップ。 さらさらのグラニュー糖でも白い正方形の角砂糖でもない、ごつごつした茶色のコーヒーシュガーを促されるままに小さなカップに二つ入れれば、飲み物というにはとろりとした質感がした。 「どう?」 わくわく、と顔中に大書してディーノが雲雀の反応を窺っている。 「コーヒーキャンディみたい」 端的に雲雀が感想を述べれば、にこにことディーノが頷く。 「な?お前がコーヒーって思ってるのものと違うだろ?」 日本にもエスプレッソマシンはあるし、エスプレッソを出す店もあるのだけれど、やっぱりイタリアから持ってきたこれとは違うんだ、とディーノが力説する。 コーヒーの味なんてよく分からないし、同じマシンで淹れておいてどこが違うのかなんてさらにまるっきり分からなかったから、ディーノの言ってることは全く分からなくて。 どうでもいいよ、そんなこと、と。 本当は一言で切って捨ててもよかったのだけれど。 雲雀にはよく理解できないところでエスプレッソを語る彼は、確かに、違う国、違う文化の中で育った異邦人の顔をしていた。 ああ、そういえば彼はイタリア人だったのだ、とまるで初めて気付いたかのように雲雀は思った。それほど自然に、彼は並盛に来て、雲雀の傍にいた。 そんな風に、まるでそこにいるのが当たり前のような顔で、並盛に馴染んでいる彼よりも、雲雀の理解できないコーヒーについて熱く語るディーノは、少しだけ彼の本当の姿、本当の立ち位置に近い気がして。 よく分からない自称・家庭教師に対する雲雀の興味を少しだけかきたてたから。 あと少し。 そのおもちゃみたいな小さなカップの中身が空になるくらいまでは、喋らせておいてもいいような気がしていた。 |
外国で飲むエスプレッソを 「エスプレッソだけどエスプレッソじゃない」 と、知人のイタリア人が言っていたのを思い出しつつ イタリア人だもん、ディーノもそうだったらいいな、と 妄想してみました スプマンテといいエスプレッソといい イタリアンなネタを仕入れると ディーノに変換しているようです |