つがい 「君と群れる気はないよ」 獄寺と3度目のセックスをした後、まだ衣服さえその身に纏わぬうち、乱れた呼吸こそおさまったもののまだその肌にはひっそりと抱き合った熱の余韻さえ残るうちに、そう告げた雲雀の瞳に、もう先程までの情欲はどこにも見つけられなくて、ただその真剣さに獄寺は一瞬言葉を失った。 それまで、獄寺にとって雲雀は同じボンゴレ十代目の守護者という立場であっても、どちらかといえば天敵のようなものであり、雲の守護者であるという意識はもちろん自分がボンゴレに所属しているつもりなんて絶対にあるはずのない雲雀にとって獄寺は敵とはいえなくてもただ群れているという理由で咬み殺す対象で、つまるところ決して雲雀と同じサイドに立つ者ではありえなかったのだ。 対峙する限り、そこにあるのは1対1であって、決して2、すなわち雲雀にとっての「群れ」とカウントされることはない。 だが、どうやらセックスという行為は、獄寺が予想していたよりも遥かに雲雀にとって大きな意味を持つ行為だったらしい、とようやく獄寺は気付いた。 3度のセックスを経て、雲雀は獄寺を自分の外にあるものと認識することができなくなった。1対1は2となり、こと此処にいたって雲雀は自分自身を含めた群れと見なさざるを得なくなったのだ。 だからこその、拒否だ。 「………ちょっと、待て」 雲雀の論理は、ある意味生真面目というか厳格で、自分自身という例外さえ許さない。その頑なな不器用さが今となっては愛おしくもあるが、ここでああそうですか、と頷ける立場でもない。頼むからそこで2とカウントされたことを素直に喜べるだけの甘さを残して欲しかった、と切実に思う。期待するだけ無駄だと分かってはいるけれど。 「こういうのは群れとはいわねーだろーが」 頭が痛い、と一糸纏わぬ姿でベッドに寝そべったまま、獄寺は顔を顰めた。 ここは深く煙草の煙を吸い込みたいところだけれど、雲雀と共にするベッドで寝煙草が許される道理がない。 「じゃあ、何?」 闇を閉じ込めたみたいに混じりけのない黒の瞳が、じっと獄寺を見つめる。 何、と問われれば、獄寺も返答に窮する。 恋人というのは関係性を表す言葉ではあっても、この2という状態を示す言葉ではなく。 そもそも未だ自分達のこの関係を恋人だと言い切ってしまえるものなのか、彼自身にだって分かっていない。 「……番?」 語尾が微妙に疑問形になってしまったのはやむを得ない。 獄寺本人、口をついて出たそれが妥当な言葉なのかどうか、甚だしく謎だったのだから。 「………」 雲雀は何も答えず、そこで会話は途切れた。 「……っ」 鳩尾にはまった蹴りに、声にならない悲鳴がこぼれる。 迂闊だったというのは簡単すぎるし、今の状況は情けなさすぎる。 あの最凶と怖れられるヴァリアー暗殺部隊とさえ互角に戦った自分が、路地裏で、ただの、どこにでもいる平凡な学生のように殴られている、なんて。 撃たれた手と腹が、熱い。痛みなんて、度を過ぎれば麻痺して感じなくなっているというのに。 ダイナマイトは中距離支援型の武器であるがゆえに、遠距離から狙撃銃で狙われて太刀打ちできるものではなかった。 撃たれて動きの鈍ったところを、集団で取り囲まれた。 片手の使えない状態でボムの精度は落ちるし、腹を撃たれているからそもそも格闘戦は圧倒的に不利だ。 そうしてじわじわと命を削り落とすように追い詰められたところで。 かつん、と硬質に響く規則正しい足音を聞いた。 「君達、どこの群れだい?」 口元にはうっすらと凶悪な笑みを浮かべ、獲物を見つけた肉食獣が舌なめずりをする。 「お前は……っ!」 「雲の守護者の……」 獄寺を取り囲む男達に動揺がはしる。 「はん、殊勝じゃないか。仲間を助けにきたのか」 「手遅れだな。こいつはもう長く保たねーよ」 生物の本能として恐怖したことを、人間という生き物は否定しがちだ。少なくともこの男達はそうだった。 どこか引き攣った嘲笑で獄寺を、雲雀を挑発する。 「うっせ、ぇ」 苦しげな息をしながら、獄寺が毒づく。致命傷でないことは、撃たれた当の本人が一番よく分かっている。それ自体致命傷ではなくても、戦闘を続けることはもはや難しいことも。 ちらり、雲雀が獄寺に視線を流す。 「仲間?」 まるで不思議なことを聞かされたような顔で、雲雀は男達を見やる。 仲間、だなんて。思いもよらぬ言葉。 群れる気はない。自分が群れとカウントされる覚えもない。 けれど、そう、彼はこの1と1を指して、何と言ったのか。 「それ、本人いわく僕のつがいだそうだけど」 口にしたら、すっきりした。 「……あぁ?」 「何か言ったか、てめぇ」 「別に。どうでもいいよ。君達を咬み殺せれば」 愛用のトンファーを構える。 「……っ!」 「うわ…」 と、同時に地面を蹴る足。 瞬く間に三人、四人と地に伏していく。 そう、きっとこの調子なら、その「つがい」とやらが、通常予想されるよりずっとずっとしぶといということを、彼らは知らない。 「よぉ」 再起不能に打ちのめされて、地面に転がる黒服の男達の群れと。 なんとか自力で起こすことには成功し、汚れた壁に背を預けてなんとか座っている獄寺が、にやりと傷ついた口元を引き上げて笑った。 「元気そうだね」 だから雲雀も、何事もなかったかのように、それに応ずる。 「……お前もな」 何ヶ月ぶりの再会かなんて、とっくの昔に数えることを放棄した。 ボンゴレにいてはその存在の意味を失う雲の守護者である雲雀と、十代目の右腕として片時も傍を離れないことを誓う獄寺では、所詮存在すべき場所が違うのだから。 こうして、気まぐれのようのような邂逅だけが、二人を繋ぐ。 「…、後で、な」 傷ついた身体を壁伝いに引き上げて、獄寺が立ち上がるのを、雲雀は無表情に見つめる。 「できるの?」 端的に問えば、獄寺は獰猛な男の顔で笑う。 「あたりまえだ」 傷の痛みに僅か顔を顰めながら、それでもへらりと笑って見せる獄寺に、雲雀も笑みを閃かせる。 「ふぅん……じゃあ、ね」 手なんて、差し伸べない。 待ってなんかやらない、けど。 その強靭な翼を畳んで舞い降りる先の、強靭な魂の持ち主を。 つがい、と呼ぶなら。 そう、呼んでやってもよい。 '07.11.15 p.m.09:31
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