腕にキス 「おいっ」 思わず呼び止めてしまったのは、彼の利き手である右腕に、傷を負っていたから。 「……」 わずらわしげに、振り向く雲雀の右の肘あたりを咄嗟に掴んだ。 一瞬睨みつけられたものの、その手は振り払わないのはいいとして。 さて掴んだこの手をどうしたものか、と一瞬途方にくれる。 かといってこんまま途方にくれていれば、更なる怒りを買ってトンファーの餌食となることは火を見るより明らかで。 出血は派手だが、雲雀の場合動きも激しいので、出血量と傷の深さは必ずしも一致しない。 ペットボトルのミネラルウォーターでも持ち歩いていれば簡単に傷を洗えたけれど、あいにくそんな便利な持ち合わせはなくて。 「……っ」 仕方ないので、傷口と思しきあたりを舐め上げた。 口に広がる生臭い、鉄の味。 どこの動物だ、と自嘲するけれど、触れてしまえば引き返せない。 舌先が傷口に触れるたび、ぴくりと震えるのを感じる。 まずい。 余計なことを連想する。 あらかた流れた血を拭えば、思ったより傷は浅いことが確認できた。 「……」 ほっとするのが半分。 何をやっているのか自分は、とバカらしくなるのが半分。 唇についた血を拭うように、傷の少し上、まだ綺麗に白い肌に口づければ、赤いキスマーク。 腕を取り戻した雲雀が、数瞬の躊躇の後、不意に獄寺に掴みかかったかと思えば、不意打ちのような、キス。 「……」 ああ、そうか。 血を流したからか。 唇を重ねて。 ぶつけるみたいに、体を重ねて。 抱きしめれば、触れる欲情の兆し。 血を流せば、生体は、存在の危機を予知する。 己という個体の危機を察した生体は、己の遺伝子を残すための、生殖行動を開始する。 だから、血に欲情するのは、きっと理にかなったことなのだ。 |
SNSより再録 獄ヒバには血が似合う という話 |