四重奏 10





 くん、と黒仔猫が鼻を鳴らした。



 いい匂いがするとは言い出したのはひばりだった。
 半信半疑で、はやとはひばりの後について、屋敷の奥の台所へと降りていった。
 本当は立ち入ることを禁止されている場所だった。
 古い大きな水屋の前でひばりが足を止めた。
「ここ」
 重く開けにくい引き戸を、二人がかりで慎重に開いた。
 水屋の暗い最下段には仔猫の手には余る、大きくて重い甕やら瓶やらが並んでいる。
 ひばりが見つけたのは、中でもとびきり大きくて重くて古そうなかめだった。
 固く閉まった木の蓋をこじ開けるのに、またひと手間。
 かぽん、といい音がして開いた口から溢れ出すのは、確かに体中の血が騒ぎ出して、いてもたってもいられなくなるような、不思議なわくわくする香りだった。
 たぷん、と水音。倒さないようにものすごく緊張しながら力を合わせて傾ければ、零れる甘露は深い茶色。
 その甘露を両の手で掬って、掬いきれなくて零れた滴も余さず舐めれば。
 ふわり全身を包みこむ浮遊感。ふわふわして、楽しくて、どきどきして。
 声もなく笑って、二匹はじゃれあった。




「あーあ、何やってんだ、お前ら?」
 大きな銀色猫が、またたび酒に酔っ払って正体なく転がっている二匹の仔猫を発見したのは、一刻ほど後のこと。
「雲雀の秘蔵酒だぞ、これ」
 俺、知らねー、と肩を竦めて。
 左の肩に黒仔猫を担ぎ、右の脇に銀色仔猫をひょいと抱える。
 すっかり力の抜けた身体は、くにゃりとあまりに柔らかく。頼りなく。
「……ったく」
 小さく、苦笑して。

 寝室へと二匹を運んでいった。










SNSより再録


一日一獄ヒバの最終日でした