四重奏 9 かみなり ・隼人 ゴロゴロ、と遠くで音がしたと思ったら、途端に大粒の雨が降ってきた。 雨はあっという間にバケツをぶちまけたように激しいものとなり、ざあああああという水音に閉じ込められる。 遠くでなっていたはずのゴロゴロが、いきなり水音を裂いてガラガラドカン!と鳴り響いて、みっしり綿の詰まったお気に入りの座布団の上に丸まっていた黒仔猫が、飛び上がった。 「……」 同じ部屋の壁際で、見るともなしに新聞など読んでいた隼人は、それをしっかりと目撃してしまった。 日頃から天上天下唯我独尊の風情な黒仔猫は、そこに隼人がいることさえ気付いていないようだった。 いつもはつんと立っている三角耳もへにゃりと頭に添って垂れ、ゆらゆら気儘に揺れている尻尾もぴたりと身体に巻きついている。 恐いのだ、と。 全身で訴えていた。 なのに、みぃとも鳴かないで。 奥の部屋に逃げ込むこともしないで。 座布団の上に、座り込んだまま動かないひばりは、強くて淋しい仔猫だった。 よいしょ、と隼人は立ち上がって。 おもむろにひばりに覆い被さった。 「な……っ」 抗議しようとひばりが口を開いた途端に、淡い紫の閃光が瞬いて、次の瞬間、ガラガラドカンと雷が鳴った。 ひゅ、と息を呑む微かな音。 隼人の身体の下で強張る小さな身体。 それでも、にゃんとさえひばりは鳴かないのだ。 「あー、恐かった」 だから、隼人は大きな声で言った。 「……っ」 「あれ、ひばりは恐くねぇの?」 そう、訊けば。 「こ、恐く、なんか…っ」 まだ強張った身体のまま、必死に仔猫は言い返すのだ。 「そうか、……じゃあ、このまま頼むな」 「な…!?」 「俺、雷苦手なの。恐いから、ひばりにしがみつかせて」 そう、宣言して。 ぎゅうっと小さな身体を抱き締める。 「……仕方ないね、今だけだよ」 腕の中の、小さな呟き。 その、小さな存在を脅かす、全てのものから。 この腕の中で、護ってやれればいいのに、と。 願った。 ・ひばり ドォン、という轟音は、世界の雄叫び。 自分が、どれほど小さな仔猫であるかを、見せ付けるように。 屈服など、してたまるものか。 震える手足を、必死に伸ばす。 怯んでなど、なるものか。 そんな、ひばりの、独りきりの、世界との戦いに。 「あー、恐かった」 割り込んでくる乱入者は、しなやかに大きな、銀色の猫で。 ひばりの世界が、銀色の毛並みに遮断される。 とくん、とくんと、耳につく、彼の鼓動。 その向こうに、雷鳴。 鼓動。 「……仕方ないね、今だけだよ」 包み込む、体温に。 仕方がないので。 そう、許しを与えた。 ・はやとと雲雀 「うわー、すげぇ」 「……」 「わ、また!」 雨の降り込む縁側ぎりぎりのところで。 さっきから、銀色仔猫は興奮しっぱなしだ。 「おわ!」 空を染める、白紫の閃光。 「うお!」 さっきから、騒がしいこと、ありはしない。 「君は、どこまで危機意識に欠けているのかな」 仮にも動物なら、雷鳴は苦手なのが基本であろうに、と。 雷鳴にも閃光にも欠片も動じるはずのない黒猫は、自分のことを完全に棚挙げして、呆れたようにそう呟いた。 |
SNSより再録 ちっさいうちはちょっとくらい ひばみゃんだってこわいものもあると いいと思います |